フラクタルの記憶もつ人

「かの国では嵐のたびに城壁が壊され、
王城への路傍は跡形もなくなるのだ。

しかし、暗黒世界を経て、
再び生命が息づくときになると、
不思議と都市は整っていてな。

こんな不思議な話、
聞いたことがあるかね?」

いつの間にそこにいたのか、
傍らに腰掛けた黒い人が私に話しかける。

私はいつものように、
ただそこにいて、
ただ時が過ぎるのを待っていただけだ。

そうすると、
突然のようにだれかと会話する、
なんてことも珍しいことではない。

彼の、もしくは彼女の、問いかけから、
どうやらその国を知っているようだが、

「どこの国ですか?」

と私が語りかけても、

「こんな不思議な話、
聞いたことがあるかね?」

と同じ事を繰り返す。

再生機能が壊れているか、
答えがなければならないのだろう。

ここには様々な人が訪れるが、
中には記憶だけの思念体も存在する。

とても強い思いを残していると、
場の記憶に残った感情だけが、
そのまま時を越えてやってくる。

この黒い人もそんな思念なのだろう。

さて、どう答えようか、
と考えあぐねていたのだが、
ふと、こんな考えが浮かんだ。

「あなたがもし、
その国から来たのならば、
その国は今どうなっていますか?」

一瞬の間をおいて、
黒い人が原型を止めないほどに、
ゆがみをみせた、ような気がした。

いや、ただ私がそう感じただけで、
実際にはなにも変わらない。

このひらめきは私のものだが、
私が考えたものとはかぎらない、
という理屈くらい曖昧なもの。

ところが、

「わ、わたしは……」

と、自分を語りはじめたところで、
なにかにヒットしたんだと感じた。

「フラクタルの住人だったのだ、
幾度も幾度も同じ事を繰り返し、
多重構造を生きることで、
わたしを感じられた」

私には、どういうことか、
さっぱりわからないが、
彼、または彼女のもつ記憶が、
語られるのをじっと聞く。

「わたしは世界に干渉しない。
ただ生き、ただそこで暮らす。
それを感じ取るのはわたしではない。
いかにリアルに感じさせるか、
それがわたしの仕事だった」

どうやら、ここに来る前は、
役者の記憶をもった人で、
それも脇役を務めていたらしい。

「世界が大きく変化し、
わたしの存在がなくなったとしても、
世界はあり続ける」

それまで無機質だった声に、
抑揚が交じるようになる。

「箱庭に生きること……
それがわたし」

なにかをつかもうとでもしているように、
虚空に手を伸ばしている。

そのどこまでも広がる闇の先には、
私には見えない何かがあるのかもしれない。

「記憶は生命だ」

どこからともなく、
いくつもの声が同時に響く。

役者の記憶をもつ存在は、
まるでいなかったかのようにかき消え、
あとにはなにも残らなかった。

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